(H27年09月05日)
英知の恩恵 (その1)
「鉄」と書いて「金を失う」、そして「鐵」は「金は王なり」である。
「鉄工所」の経営者から若年期に教わり、妙に納得した記憶が脳裏をかすめます。世話になった先輩から加工素材の残材から「力学モデル」に置換して「鉄は座屈との戦い」である事を鉛直・水平要素において教わりました。
鋼構造の構造耐力上主要な部分に「荷重及び外力」が載荷されると、応力から部材に様々な現象を見取れる。「座屈(buckling)」といえば、スイスの 数学・物理学者であるレオンハルト・オイラー(Leonhard Euler)博士が著名であり、1707年~1783年の没まで76年間の人生の中で建築に関して、材料の弾性変形を数学的に規定する非線形の研究と長柱 の臨界荷重理論を導いた「オイラーの座屈荷重Pe=π^2EI / L^2」が重要な公式として、私たち技術者は英知の恩恵を受け継いでいます。
「座屈(buckling)」は、細長い部材に軸圧縮力が漸増すると、ある荷重で急激に横に曲がり耐力低下を起こす現象である。
「横座屈(lateral buckling)」は、H形断面梁など水平要素部材が曲げを受けると、その受ける軸に対して垂直な方向にたわみδ(横移動と回転)を生じる現象である。
「局部座屈(local buckling)」は、薄い板要素が外力を受けると、局部的に板が変形を示す現象であり、幅厚比によって決まる。幅厚比が大きくなるとこの現象が起きやすい。
「板要素(plate element)の研究」では筑波大学の井上哲郎Drが日本建築学会の表彰を受けられて、後進の研究者にとっての英知でもあります。
最近当方は、京都大学の吹田啓一郎Drの論文等を読み漁っている日々が続いています。過去にもご紹介しましたが、柱梁接合部パネルの降伏耐力(弾性限耐 力)のお話の中で軸力とせん断の組合せ応力状態やミゼス(Mises)の降伏条件適用に自己研鑽しています。実務における保有耐力接合条件の満足におけ る、角形鋼管柱のスキンプレートの面外変形のヒンジ線や応力場の理論にも通じます。
若年期の遠い記憶 (その2)
神戸大学大学院の故金谷弘Drや上場輝康Drが助手の時代にひとつの「学術論文」を試みた記憶があります。「柱梁接合部のせん断変形に対する特定多項式の応用」と題して学位(工学博士)取得を真剣に取り組んだ時代がありました。
今で言う、日本建築センター(2003年)「鉄骨梁端部溶接接合部の脆性的破断防止ガイドライン・同解説」に沿うものです。この文献は、高梨晃一Dr、森田耕次Drなど著名な先生方が委員となってまとめられています。
破断要因の追求や、鋼材シャルピーの靱性率、破断近傍の歪速度など予測困難な事象や予測そのものの抵抗などもあり、母校である大阪工業大学の某Drには厳 しい指摘を受けた苦い思い出です。母校ではベースパックの研究の中島茂壽Drや、福井工業大学の辻岡静雄Drの様々な研究にものめり込んだ記憶が蘇りま す。特に、辻岡Drにはファスナー部では色々ご指導頂きました。
若年期だから恥も外聞もなく疑問の理解にはストレートかつ、真剣な取り組みでした。
幅厚比など「当面の緩和値」があった時代ですから、その後どうなるのか興味津々ですしH形鋼梁の「塑性変形能力」の向上に直接影響する論理なので、当然でした。
次回は、「当面の緩和値」が廃止されたことに対応するテーマです。
幅厚比 (その3)
「板要素」の重要な「幅厚比(width-thickness ratio)」につき論じます。製鉄技術の歴史から、近代技術の発展や現代の製鉄技術など、井上一朗/吹田啓一郎Drの共著などからも「製銑」「製鋼」 「圧延」の過程を経て粗鋼が生産され普通鋼として建築等に利用されている。
これらの文献によれば流れは、素材製造+圧延の以下である。
転炉、電気炉→連続鋳造→加熱→粗圧延→中間圧延→仕上圧延→鋸断・冷却→矯正→
検査→出荷これが形鋼の熱間圧延製造の流れであり、「幅厚比」は、中間圧延あたりから関わる。
圧延機が「英国の歴史」を色濃く残しており「インチモード」体系にあるのも一因です。最近では、粗鋼生産量は12億トンを超え、中国が1/3の4億トン以上のダントツです。
主要国の粗鋼生産から見たグローバルな推移より、「圧延工程」が板要素の重要な製造の過程である。わが国の建築基準法の度重なる法改正により「塑性変形能力向上」が着目されても、「圧延工程設備」のチェンジは簡単なものではない。
「当面の緩和値」の廃止に伴い、「建築基準整備促進事業」の国策があり、その中に「鉄骨造建築物の基準の整備に資する検討」として、宇都宮大学・千葉大 学・大阪工業大学の諸先生方が独立行政法人 建築研究所 をメインに検討しています。この検討では、設計ルート2で幅厚比の当面の緩和値(FBランク)が廃止されたことに対応して、スチフナ等でH形梁を補強する 方法を実験等により検討しています。
結論から述べると
・スチフナ補強は簡便な補強方法の一つだが、変形能力向上効果に関する定量的な知見は十分にまとめられていない。
・幅厚比の大きいフランジを持つH形断面梁部材の縦スチフナによる変形能力向上効果に関する実験データを蓄積する。
これらをふまえて
・縦スチフナがフランジの局部座屈を抑制し、変形能力が向上する事が確認出来た。
・梁端の塑性化領域に2/3Bの間隔で縦スチフナを2枚付加する事で、梁部材の
保有累積塑性変形倍率δ/δpが1.5倍向上した。
と報告されています。今後の課題として、スチフナの取り付け方法が「変形能力向上」のための設計方法を構築する検討となる事を裏付けています。
私達技術者は、何故「保有累積塑性変形倍率δ/δp」に着目するのか・・・よくお考え頂き靱性の向上に寄与する事を理解をして下さい。
横座屈 (その4)
「横座屈(lateral buckling)」は、H形断面梁など水平要素部材が曲げを受けると、その受ける軸に対して垂直な方向にたわみδ(横移動と回転)を生じる現象である。
鋼構造塑性設計指針(2010年、日本建築学会編)によるとH形断面の梁を曲げると上側のフランジは圧縮されて横方向に座屈し、梁の中央部は横移動とともに回転し、梁は横方向にたわむと同時にねじり挙動を示す場合がありこのような現象を「横座屈」という。
そこには、塑性域の作用状態から全塑性モーメントMpによる「塑性ヒンジ形成」やそのMpを確保しながら回転する必要がある。「塑性ヒンジ」付近には、横座屈によって曲げモーメントがMpを下回らないように、横方向の補剛材を設ける必要がある。
H形断面材の弾性座屈を起こすモーメントはMeとして、(5.1.1)式による。
H形断面のウェブを無視したサンドイッチ断面でのMeは、(5.1.3)式である。
Mp = σy・Zp Zp = f・Z Z = Af・df iy = √Iy/2・Afより
Me/Mpの関係は、(5.1.5)式となる。
塑性域がどの範囲に起こるかは、残留応力の大きさと関わり、弾性座屈式が適用可能な限界を0.6Mpとする。
したがって、設計式として
lb・H/ Af≦70500/σyの範囲では、Mcr = Mp
lb・H/ Af>70500/σy、Mcr >0.6・ Mpの範囲では、横座屈強度の実験結果図の直線式
Mcr < 0.6・ Mpの範囲では、(5.1.7)式となると
等曲げを受ける(梁の全長にわたり、梁の下端のみに引張側が生ずるとか、上端のみに圧縮側が生ずるも同じ意味の曲げパターンをいう)H形断面材の横座屈強度式は
SN400、SS400材(σy = 235N/mm2)のとき
0≦lb・H/ Af≦300 Mcr / Mp = 1.0
300≦lb・H/ Af≦835 Mcr / Mp = 1-0.00075・{(lb・H/ Af)-300}
lb・H/ Af >835 Mcr / Mp = 500/(lb・H/ Af)
SN490、SM490材(σy = 325N/mm2)のとき
0≦lb・H/ Af≦220 Mcr / Mp = 1.0
220≦lb・H/ Af≦605 Mcr / Mp = 1-0.0010・{(lb・H/ Af)-220}
lb・H/ Af >605 Mcr / Mp = 363/(lb・H/ Af)
板要素と局部座屈 (その5)
「板要素(plate element)の研究」では筑波大学の井上哲郎Drが日本建築学会の表彰を受けられて、後進の研究者にとっての英知でもあります。
塑性設計において、板厚の制限は「板要素」の板厚を薄くしすぎると「局部座屈」などが発生し、柱・梁部材に塑性ヒンジが形成されるとした前提条件が満足されなくなる。
部材が塑性化→剛性の低下→局部座屈・横座屈(曲げねじり座屈)→曲げ耐力低下
このような座屈が生じれば十分な塑性変形が生じず、全塑性モーメントMpに到達せずに曲げ耐力低下する。
局部座屈と横座屈は「連成」して発生しやすく、開断面など形状によっては、これらのどちらかが顕著に現れる。
「局部座屈(local buckling)」は、薄い板要素が外力を受けると、局部的に板が変形を示す現象であり、幅厚比によって決まる。幅厚比が大きくなるとこの現象が起きやすい。
塑性設計では、部材断面の諸寸法の決定が重要であり、「局部座屈」の阻止、「横座屈(曲げねじり座屈)」の小さくする補剛材の配置など対応方法論となる。
「板要素」は、降伏した後もその応力を保持したまま十分塑性変形する事を要求される。耐力が低下し始めるまでの変形が十分であるか「軸方向ひずみ」や「面 外たわみ」の平均軸方向応力度-ひずみ度・たわみ量から「座屈点」を追跡できる。板厚が大きければ座屈するまでの変形も最大応力時の変形も大きく、板の幅 厚比の数値となって示されてくる。
実務での対応例 (その6)
過日、関西の某適合性判定機関からの指摘の対応をご支援したのでご紹介します。鋼構造の塑性設計では、柱梁仕口部・継手部には「保有耐力接合」を要求され ます。設計ルート「1-2」と「2」では無条件に保有耐力接合としなければならない。ルート「3」の場合、保有水平耐力の条件が満足されない場合は、塑性 変形能力に乏しい構造ランク「D」として構造特性係数DS値を決定する必要があります。
某適合性判定機関からの指摘は、角形鋼管柱とH形断面梁接合部の曲げ耐力においてウェブの効果に対する質疑であり、「保有耐力接合の条件」に直接影響を及 ぼします。これには、接合部のウェブ耐力の評価方法が確立していない事にも起因しています。jMuがα・bMp を上回る式を満足させるのが、保有水平耐力接合条件を意味しています。
ところが、スカラップSr=35mmの場合と、ノンスカラップSr=0mmでは柱梁鋼材の組合せによってはその「保有水平接合条件」を満足させる事が出来ない場合がある。結果として、その検討を指摘されているのです。
そこには、角形鋼管柱のスキンプレートの面外変形を考慮した「梁ウェブ接合部」の崩壊機構による「柱フランジの降伏線」「梁ウエブの塑性域」「梁端応力分 布」につき鋼構造接合部設計指針(2012年 日本建築学会)P-138から始まる4.2.1柱梁接合部の耐力の指針式の運用となります。これには鋼管壁の降伏線、梁ウェブの応力場等を図示してありま す。
今一度、塑性設計に関する文献類の読破を求めるものです。