(H27年09月05日)
荒川卓先生の研究 (その1)
当方は、年末年始の休暇を利用して「荒川論文(A4版84ページ)」を読破させて頂き我が国の「地震と建物の耐震」の変遷を見る上で、荒川卓(たかし)先 生の研究には感銘を受けました。耐震設計のあゆみから明治以降に西欧の技術を導入しつつ発展の経緯の中で多くの地震被害から先人の研鑽の賜物でもある諸基 準には感謝しなければならない。荒川卓先生は、「告示式」にも用いられるとても熱心な研究者です。以下はご略歴です。
1931年(昭和6年)4月20日 北海道勇払郡早来町にご誕生
1950年(昭和25年)3月 北海道立岩見沢高等学校(現岩見沢東)卒業
1954年(昭和29年)3月 北海道大学工学部建築工学科卒業
1956年(昭和31年)3月 北海道大学大学院工学研究科建築工学専攻修士課程修了
1959年(昭和34年)3月 北海道大学大学院工学研究科建築工学専攻博士課程
単位取得満期退学
1959年(昭和34年)4月 北海道大学工学部助手
1960年(昭和35年)4月 工学博士(北海道大学)
学位論文「鉄筋コンクリートはりのせん断抵抗に関する研究」
その後も、素晴らしい「経歴」なのですがテーマの「せん断抵抗」に関する先生の論文から少し論評いたします。若年期のハングリーな物事の追及・熱心さは学びの大切さを常に教えて頂けます。
昭和30年初期の状況は、当方はまだ小学生のガキの時代で記憶にあるものは乏しい。兵庫県の日本海側(北近畿)にある「こうのとり」で有名な人口5万人弱 の町にある自宅のすぐそばで見た「菩提寺」の本堂(RC造)の工事現場での様々な構築方法でした。総合請負として「大日本土木」という会社でしたが、どこ にあるも知らぬ青二才は毎日の現場見学が日課だったようです。杭打ちやら、配筋、型枠、現場生産のコンクリート打設などが脳裏をかすめます。
こんな時期に、「北の大地」では上磯のアサノ普通セメント・錦丘の砂・広島の砂利・豊平の砂利や丸鋼9㎜φ、19㎜φを用いた試験体(14.5㎝×20㎝ の長方形断面で全長150㎝)をご自身や学部の学生達とご一緒になって製作・載荷実験を繰り返され「きれつの状況」の追跡調査に寝食も忘れて研究の日々 だったのでしょう。感謝以外に言葉はありません。この研究では、大野和男教授、西忠雄教授、洪悦郎助教授、柴田拓二郎助教授、小幡守講師などご協力の諸先 生のお名前も出ています。少しだけ、大野和男教授のことも次回触れたいと思います。
荒川卓先生の研究 (その2)
はりの「せん断抵抗に関する研究」では、載荷実験の分析となるが荒川先生の鉄筋コンクリートはりのせん断耐力に関する研究は、北海道大学における大野和男 先生の「大野式載荷」と呼ばれる「単純はり式の載荷」ではないはね出した梁の2点載荷の載荷方式を用いたはり部材の実験(1957年)や、耐力に及ぼす影 響の検討に基づく耐力式の提案(1960年)、さらに実験データを追加した再検討(1970年)など長期にわたる研究の賜物であるのです。
「単純はり式の載荷」では、曲げモーメント分布が長期荷重時の再現であるものに対して、「大野式載荷」は梁の中央部分に逆対称曲げモーメントを生じさせる載荷方式であり、その後はこの大野式加力が多く採用された。
大野式加力は、除荷時に支点移動しなければならないなど正負繰返し載荷するのに煩雑なことや、軸力導入が難しいこと、大変形では反曲点左右のスパンの同一変形の維持が出来ないことから、後に「建築研究所式加力」が開発され、現在の柱・はりの実験となります。
このように、仕様改良されながら「大野式加力」での実験から1960年の「論文発表」にたどり着く訳です。荒川先生の論文タイトル「鉄筋コンクリートはり のせん断抵抗に関する研究」での2つの実験式(1960年)は以下である。(1)式がせん断ひび割れ強度、(2)式がせん断終局強度である。
τc = Qc/bj = kc (Fc+500) 0.17/(a/d+3.4) ・・・・・(kg/センチ平方メートル) ⇒ (1)式
τu = Qu/bj = ku・kp (Fc+180) 0.23/(a/d+0.23) +2.7√(γ sσy)・・・・・(kg/センチ平方メートル) ⇒ (2)式
1968年に発生した「十勝沖地震」では、RC造建物の柱のせん断破壊や倒壊などの被害事例が多く、この研究課題の重要性が顧みられたのです。
1970年には、実験部材数も1499体と膨大になり、実験結果の下限値を与える式も提案されています。その式が下記です。
τc = Qc/bj = (α・kc(500+Fc) )/(M/(Q・d)+1.7) ・・・・・(kg/センチ平方メートル) ⇒ (3)式
τu = Qu/bj = (β・ku・kp(180+Fc))/(M/(Q・d)+0.115) + 2.7√(p_(w・σ_wy ) )・・・・・(kg/センチ平方メートル) ⇒ (4)式
ここで、αやβは実験結果から求めた係数である。
平均値を推定する場合を「mean(ミーン)式」とし、α=0.085、β=0.115である。
不合格率5%の下限値を推定する場合を「min(ミナマム)式」として
α=0.085×0.77=0.065、β=0.115×0.80=0.092である。
荒川卓先生の研究 (その3)
はりの「せん断抵抗に関する研究」から現在実務における構造設計では、日本建築学会RC規準や「黄色本」と呼ばれる「建築物の構造関係技術基準解説書」、さらに「耐震診断基準」がある。ここでは、「黄色本」について論評します。
我々が2次設計の「保有水平耐力計算」で用いるせん断強度式は、黄色本P-624に記載のある以下の(付1.3-6)、( 付1.3-7)式である。
Qsu ={(0.053pt^0.23 (Fc+18))/(M/(Q・d)+0.12)+0.85√(p_(w・σ_wy ) )} bj ・・・(N) ⇒ (付1.3-6)式 / min式
Qsu ={(0.068pt^0.23 (Fc+18))/(M/(Q・d)+0.12)+0.85√(p_(w・σ_wy ) )} bj ・・・(N) ⇒ (付1.3-7)式 / mean式
ここでは、前回の以下の(4)式
τu = Q_u/bj = (β・ku・kp(180+Fc))/(M/(Q・d)+0.115) + 2.7√(p_(w・σ_wy ) )・・・・・(kg/センチ平方メートル) ⇒ (4)式
この式にku、kp、bなどの数値を代入し、SI単位(N、㎜)となるように係数を修正です。尚、第2項の係数は「2.7」から「0.85」に修正されています。
ここで、(付1.3-6)式 / min(ミナマム)式と呼び、(付1.3-7)式 / mean(ミーン)式である。告示(平19国交告第594号第4)には係数0.068の「mean(ミーン)式」が掲載されています。
このように、「告示式」に採用される研究はとても価値あるものですが、当時(1961/03/20)の論文末尾には以下の2つを述べられている。
1.現行計算規準の安全率
2.許容せん断応力度及びせん断補強に対する私案
とても「学び」に値する学術論文である。圧縮軸力が作用する柱では、軸力の効果でせん断耐力が上昇する事から広沢雅也先生の式が黄色本P-627の(付1.3-16)式が示され、耐力壁ではP-638の( 付1.3-38)式がある。
このように次々に諸式を導いて頂いた先人の英知に、実務者は感謝しなければなりません。
荒川式の考察 (その4)
「黄色本」の記述の中に、たびたび登場する「荒川式」であるが集約して見ます。まず「荒川式」には係数0.068を用いる「mean(ミーン)式」と係数 0.053を用いる「min(ミナマム)式」がある。これらの違いは「せん断抵抗を考える-2」で記述したが係数α、βについて平均値を推定する場合⇒ 「mean(ミーン)式」← 告示式
係数α、βについて不合格率5%の下限値を推定する場合⇒「min(ミナマム)式」です。
例えば、柱、はりについて、せん断耐力式に「荒川min(ミナマム)式」を用いる場合告示の式「荒川mean(ミーン)式」に比べ1.1倍程度の余裕度が あると考えられる。従って、告示(平19国交告第594号第4の三)の表に示す割増し係数「nの値(1.1、1.2、1.25)」について1.1で除した 値も方法が論じられる。
この事は、黄色本P-360に記述がある。
柱の修正荒川mean式に関する記述は、黄色本P-627~P-629付近にあるが、式としてQsu = BQsu +0.1σ0 bjであり、軸力の影響を受けるので、
σ0を指標にした式Qsu = (0.9+σ0/25) BQsu’も示され、BQsu’は、
はりの係数0.068の「荒川mean(ミーン)式」である。
また、耐力壁のせん断終局強度では、無開口の場合、黄色本P-638に下式の記述がある。
Qwsu ={(0.053pte^0.23 (Fc+18))/(M/(Q・d)+0.12)+0.85√(σ_(wh・p_wh ) )+0.1σo} te・j ・・・(N)⇒(付1.3-37)式 / min式
Qwsu={(0.068pte^0.23 (Fc+18))/√(M/(Q・d)+0.12)+0.85√(σ_(wh・p_wh ) )+0.1σo} te・j ・・(N)⇒(付1.3-38)式 / mean式
上2つの式は、黄色本P-639に記述があるように
(付1.3-38)式 / mean式 → せん断強度について実験値を平均的に丸めたもの
(付1.3-37)式 / min式 → せん断強度について実験値を安全側に丸めたものなので、
「荒川式」は基本的に「平均値 / mean」と「安全値 / min」の2式構成である。
志賀敏男先生の研究 (その1)
地震が発生するたびに、RC造では重要な指標がある。「せん断抵抗を考える」と必ず耐震要素である「水平断面積」が論じられる。この事について論評します。
忘れてはならないのが、「黄色本」にも頻繁に出てくるルート1では以下の式である。
Σ2.5αAw +Σ0.7αAc ≧ ZWAi
この式こそ、東北大学名誉教授であった「志賀敏男先生」の昭和56年宮城県沖地震による鉄筋コンクリート造の建築物の被害度を調査され著名な方です。
左辺式は、鉛直部材の水平強度を理論解析や実験結果に基づく単位強度(2.5α、0.7αの値)から求めて、それらの総和を建築物の水平強度とするので す。右辺式は、耐震的に必要と考えられる所要強度を振動理論と地震被害の結果の解析(これが大変な作業だったはず)等に基づくもので、それらの耐震性の比 較検討式なのです。
故志賀敏男先生は、大正12年(1923年)東京で生まれ、昭和18年に東京帝国大学に入学され、第二次世界大戦中の学生生活から昭和21年工学部を卒業後、東京大学大学院の武藤清先生や、梅村魁先生の下で建築耐震構造の研究に従事された立派な方です。
昭和40年から東北大学工学部教授に昇任されてから地震と被害の研究となり、特に昭和43年の十勝沖地震によるRC造の中低層建物に激しい被害を受け、被害の詳細な分析から柱と耐震壁の量に基づく耐震性能を評価する「志賀マップ」の手法を創案されました。
志賀マップは、縦軸にW/(ΣAc+ΣAw) (kg/センチ平方メートル)を、横軸にΣAw/ΣAf (kg/センチ平方メートル)で被害建物をプロットして
×はランクⅡ(中破以上の被害)、○は無被害又は軽微な被害を示し、その中に指標の式になるボーダーラインを表示したものです。
「縦軸」は、壁・柱の均しのせん断応力度を示しています。
「横軸」は、壁量を示しており、これは、ルート2の規定にも利用されています。
志賀敏男先生の研究 (その2)
「志賀マップ」の手法は、昭和56年の建築基準法改正による「新耐震設計法」に取り入れられ我が国の耐震性の向上に寄与しています。今一度、「黄色本」を 読み返して見ましょう。RC造の耐震計算の方法はP-336から始まりルート1 ~ルート3の計算ルート内容の要約があり、ルート1 ~ルート2の中では必ず「水平断面積」が論じられ、黄色本P-338には、「構造計算フロー」がある。この内容について、少し論評します。
ルート1 では以下の式がある。
Σ2.5αAw +Σ0.7αAc ≧ ZWAi
ルート2 では、2-1と2-2に以下の式がある。
2-1 Σ2.5αAw +Σ0.7αAc ≧ 0.75ZWAi ⇒ 強度型(1)
2-2 Σ1.8αAw +Σ1.8αAc ≧ ZWAi ⇒ 強度型(1)
ルート2-3には「水平断面積」の記述はない。
改めて、ルート1 では壁量及び柱量が多い建築物を対象にしています。それも高さ20m以下です。この理由は、建築物の耐震安全性は耐震強度と靱性によって保証されるが、耐震強度が十分大きい(水平断面積が多寡)場合には、靱性にあまり期待しなくてよいとなります。
では、ルート2 ではどう規定しているかといえば耐力壁及び柱等・・・この柱等に注目する必要がありますが・・・の所要量を定めている。このルート2の中では、一次設計のほか、層間変形角、剛性率、偏心率の各規定を守る。そこに、この耐震安全性の趣旨・意味があるのです。
2-1では、耐力壁及び柱等の水平断面積がルート1 ほど大きくなく、耐力壁の多い建築物を対象にしています。地震に対して耐震強度のみで抵抗出来にくいので靱性に期待です。だから、右辺に係数0.75を、ある程度の靱性を与える事、剛性率、偏心率の検討なのです。
2-2では、そで壁を有する柱等(この事が上記にあるのです)の水平断面積がかなり大きい建築物を対象にしています。従って、そで壁を有しない建築物には用いてはならない。
ルート2の適合性判定の見直しの修了考査設問には、ルート2-2 における考え方が設問に出題されました。「そで壁付き柱等の水平断面積」の考え方です。2-2式の両辺に0.75を乗じた式 Σ1.35αAw +Σ1.35αAc ≧ 0.75ZWAi の持つ意味です。確認検査員にも「修了考査」の時代が来たのです。しっかり「学び」ましょう。